コラム/ columns
先生が鼠径ヘルニアの腹腔鏡手術の専門家になった経緯を教えてください。
医科歯科大学の医局にいたとき、関連病院である日産厚生会玉川病院に派遣されました。
その病院のヘルニアセンターの院長が、鼠径ヘルニア手術の名医だったんです。
当初は鼠径部切開手術(開腹手術)を行っていたのですが、『腹腔鏡手術の方が患者さんのメリットが大きい』と判断した院長は、すぐに手術方式を開腹から腹腔鏡に切り替えました。
当時私は食道がんの胸腔鏡手術を専門にしていたので、鼠径ヘルニアにおける腹腔鏡手術の導入を依頼されたというわけです。
院長は70歳を過ぎたベテラン医師だったのですが、当時はその判断力と柔軟さに驚きました。
自分の中で、ベテランの先生ほど、長く続けてきた自分のやり方を簡単には変えないイメージがあったのです。
患者さまのことを第一に考えている院長は医師としてはもちろん、人としても徳の高い素敵な方でした。
彼との出会いによって、私は腹腔鏡でのヘルニア手術を極めていきました。
なぜ腹腔鏡での手術にこだわり続けているでしょうか?
腹腔鏡手術は、患者さまにとっても医師にとってもメリットが多いと考えているからです。
開腹手術の場合、どうしても4~5㎝の傷は避けられません。
傷は下着に隠れる部分ですが、やっぱり痛いんですよね。
一週間程度痛み止めが必要になる場合もあります。
対して腹腔鏡手術の傷は5mmの傷が3箇所で、患者さまもほとんど痛みを感じません。
だから負担が少なく、日帰り手術も可能になります。
また、実は腹腔鏡の方が患部の診断がしやすいというメリットもあります。
鼠径ヘルニアの周りには筋肉が混在していて、前から開いただけだと位置がわかりづらいんです。
患者さまの体の負担も軽く、医師も診断がしやすい。
どちらの面からみても利点が多い手術方法だと思います。
ヘルニアに関する著作(専門書の特集記事や医学論文)や学会発表なのどの業績も豊富ですが、一般の人にわかりやすく、どんな内容なのか教えてください。
腹腔鏡の手技がまだ普及していない時期の著作は、腹腔鏡手術の指南書のようなものですね。
自分の行っている手術の手順や注意点を記すことで、今後手術を行う先生たちの参考になればと思っていました。
実際自分の著作を参考にしてくれた先生方は多く、学会などで会うと声をかけていただく機会も増えました。
そのうち腹腔鏡が普及してくると、今度は難しい症例(再発や巨大ヘルニア、緊急性の高い嵌頓ヘルニアなど)の手術実績を論文にしました。
ヘルニア外科医の指標になるような論文を書くことで、日本の医師全体の技術向上に貢献できたのではないかと思っています。
最終的には、それが患者さまのためになることですからね。
先生が手術で大切に考えていることは何ですか。
『絶対に妥協しない』ということです。
例えばヘルニア手術の場合だと、穴の空いた部分にメッシュのシートを敷いて修復します。
これを「穴が塞がってさえいれば多少雑に敷いても問題ない」とする医師も実際にはいます。
ただ、メッシュがズレたりよれたりしていると、痛みや再発の原因になる可能性も。
鼠径ヘルニアは命に直結することは少ない病気ですが、生活の質が落ちたり、痛みによるストレスで精神的不調を抱えたりする患者さまもいます。
だから、小さなことでも絶対に妥協はできません。
どんな手術でも、常に自分の出せるクオリティの中で最高のものを提供したいと考えています。
東京外科クリニックご勤続も7年以上と長いですが、今どんなお気持ちですか。
私は東京外科クリニック設立当初から関わってきたので、一緒に成長してきたという感覚でしょうか。
今と比べれば経験値も少なかったと思いますが、そこから現在のような医療を提供できるクリニックを築いてこられたことは、誇らしくも感じますね。
先生同士で集まって、今後クリニックをどう良くしていったらいいかといった話をすることもありますよ。
そういった風通しの良い雰囲気も、このクリニックの魅力だと思っています。
先生は癌(とくに食道癌)という難しい手術のエキスパートとしてその名を轟かせていますが、鼠径ヘルニアの専門家でもあるという異色の存在。性格が全く違うこの2つの手術両方に力を入れていることでの気づきや意義、患者さまに還元できることは何ですか?
食道癌の手術で身についた技術が鼠径ヘルニアの手術に活きる
食道がんの手術では、近くにある重要な器官(大動脈や心臓など)を傷つけるとすぐに命に直結します。
非常に慎重になる一方で、確実に効率よく行わないと時間がかかりすぎてしまう。
つまり、『慎重かつ確実な手術手技』というのが必要になってきます。
その技術は、鼠径ヘルニアの手術にも応用できていると思いますね。
また、普段からシビアな手術を経験していることで、合併症などを絶対に起こしたくない!という強い気持ちも人一倍強いと思います。
それが前述の『妥協できない』というところにも繋がっているかもしれません。
鼠径ヘルニアの手術手技は多くの手術の基礎になる
食道癌とヘルニアは疾患のタイプとしては全く異なりますが、手術のやり方でいうと実は共通するところもあります。
手術で使う技術には『基本手技』というものがあって、難しい手術を行うためにはまずこの基本技術を極めることが必要です。
鼠径ヘルニアの手術には、この基本がたくさん詰まっているんです。
なので若い先生には鼠径ヘルニアの手術で経験を積んでもらい、大きな手術へと繋げられるようにしています。
外科医には内視鏡技術認定医という資格がありますが、その取得にも鼠径ヘルニアの手術は有用です。
今後は鼠径ヘルニアの手術を通じて、若い方々の技術育成などにも力を入れていきたいですね。
それで日本の医療技術全体が向上すれば、食道癌や他の難しい病気の患者さまを救うことにも繋がっていくと思います。
これから手術を受ける患者さんに伝えたいメッセージ
鼠径ヘルニアは基本的に良性の疾患ですが、放置すると大きくなって日常生活に支障をきたしたり、悪化して命に関わったりという可能性もあります。
一度の手術できちんと治りますので、ぜひ私たちにお任せください。
また、鼠径ヘルニアの原因は諸説ありますが、老若男女だれでも発症して不思議ではありません。
当クリニックなら手術をしてもその日に帰れますので、忙しい人も安心していらしてください。